はっちのちいさな悩み
おなじみ、学園の珍妙三人組の
、三郎、雷蔵だが、そのうちの一人、三郎には、最近ちょっと内緒の悩みがあるのだった。
それはいつもの昼過ぎの、人影もまばらになった食堂に
に会いに行く時のこと。
いつもは三郎と雷蔵、二人で会いに行くのだが、時折雷蔵が図書委員の仕事や終わらない課題のせいで、会いにこれないことがある。
そんなとき、三郎だけで会いに行くと、決まって
は開口一番、「雷蔵さんですか?」と聞くのだ。
こちらから声をかければ、声色や口調でわかるのだが、黙っていると二人はまったく見わけがつかない。
それは三郎が変装をしているのが悪いのであって、
に全く非はないのだが、なんとなく三郎はそれが面白くない。
間違えるのはいいとして(それだけ自分の変装の腕がいいということだ)、どうして「三郎さんですか?」ではないのか。
「(小さなことだけど…私だって、開口一番名前を呼ばれたい)」
「ん、と…三郎さんでしたか?」
トレードマークのお盆を持った
が、入って来たまま黙りこくっている三郎に声をかける。
「ああ、私は三郎だよ。雷蔵は今日、委員会があるから夜までこられないんだ」
あわてて取り繕うように笑顔を作る。
は、そうですか、と少し笑って、控え目にあたりを見回すと、
「今日はおいしい桃があるんですよ、今お出ししますから、座って待っていてください」
と三郎を人のいない方の席へと導き、食堂の奥へ戻って行った。
いつもこうして時間をもらっては、三人でお茶を飲むのだ。
ギヤマンの皿にみずみずしい桃を盛って戻ってきた
に微笑みながら、三郎はどうもすっきりしない思いで二人してお茶を飲んだ。
そしてそんな三郎と阿吽の呼吸である雷蔵に、その悩みがわからないはずもなく。
「
ちゃん、ちょっといいかなあ」
珍しく三郎が使いに出ていて来られないとき、雷蔵はいつもの時間に食堂へとはいって行った。
「はい、雷蔵さん。なんですか?」
ぱたぱたと出てくる
は、小さく愛らしい。
年齢差のせいもあるだろうが、
はあのこまこました一年は組の連中と同じくらい背丈が低く、小柄だ。
「(今日も可愛い)」
心の中でこっそりにやける。
「いやね、ちょっとお願いがあるんだ」
「
にできることですか?なんでもしますよ」
にっこり笑う彼女に、うん、それがね、とかがんで耳元で囁く。
じっと黙って雷蔵のお願いを聞いていた
は、次第に頬を桃色に染め、くすくすと笑いだした。
「なあんだ、そんなことですか」
お盆で口元を隠し、まだくすくすと笑う。
「そんなことなんだけどね、三郎って小さいことで悩んだりするんだ」
「プライドが高いから、言えないんですね。そんなことって切り捨てられないんだ。かわいい」
「そうなの。だから、次からお願い、ね?」
「はい、わかりました。大丈夫です」
二人してこっそりと笑いながら、約束を交わす。
一度目を見合わせ、そしてまた笑い合う。お互い好きな相手のことだ、自然と顔がほころんでしまう。
そしてその約束の次の日。
いつもどおり、さあ
に会いに行こうと三郎が言うと、雷蔵は
「ごめんね、僕委員会の仕事があるんだ」
とさっさとどこかへ行ってしまった。
「あいつ、結構忙しいんだなあ」
三郎は、今度ゆっくり茶屋でも連れて行ってやるか、などと考えながら、食堂へと向かう。
丁度のれんをくぐったところで、奥から出てきた
とはち合わせた。
「(雷蔵さんですか、か)」
声をかけず、じっと
を見ていると、ぱっと頬を桃色に染めた彼女がにっこりと笑って言った。
「三郎さんですか?」
「えっ」
「あは、三郎さんですね。今日は珍しい南蛮菓子があるんです、少し待っていてください」
そう言っていつもどおり、食堂の奥へと消えていく。
「…なんでだ?」
いつもと違う。けれど、悪い気はしなかった。
ふにゃ、と頬が緩むのを感じた。
そして思い当たる。ああ、きっとあいつのおかげだ。
「お待たせしました」
が戻ってきて、向かいの席に座る。
「二人して、内緒の約束したんだな?ずるいぞ、私をのけものにして」
にいっと笑って言うと、
は少し驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。
「ばれちゃいましたね。
、いつもと同じにしていたと思ったのに」
「すぐにわかるさ。好きな人のことだものな」
が頬を染める。そしてそれをごまかすように、あ、そうだ、と立ち上がり、三郎の後ろに回った。
「どうしたんだ?」
「んと、見わけがつかないのがいけないと
は思うんです」
「それは私が変装をしているから。
はくのいちじゃないし、見分けられないのも当然だろう」
何やらもそもそと髪の毛をいじられている。三郎はされるがままに待っていた。
「それはそうですけど…うん、これでいいです。これなら、三郎さんが寂しくなったりしないですよ」
くすくす笑って
は懐から小さな手鏡を出し、三郎に渡した。
「おや…これは」
雷蔵とそっくりの髪型に結ったぼさぼさ髪の結い紐のところに、鮮やかな赤い布でリボン結びがしてあった。
深い紺色の制服と、なんともミスマッチだ。
「どうにもこれじゃ、恰好がつかないな」
「かわいいじゃないですか」
お盆で口元を隠し、くすくすと笑う。
いつまでもつけてはいられないが、お守り代わりにいいかもしれない。
「うん…まあ、そうだな。ありがとう、
」
「いいえ。かわいいかわいい三郎さんのためですから」
ふにゃ、とまた頬が緩む。雷蔵といい、
といい、可愛いことばかりする。
「きっと、雷蔵はどこかでひとりで座っているよ。探しに行こう」
「そうですね。お茶菓子も持っていきましょうか」
二人で手をつなぎ、きっとひとりで内緒の計画のうまくいったことを想像して笑っているであろう雷蔵のもとへと向かう。
結局のところ、やっぱり三人は仲がよく、それで今日も平和なのだった。
三郎さんのお悩み