アンニュイ温泉
「と、言うわけで、源泉をこの竹筒にたっぷりとってきなさい!」
ええー、という非難の声を大声で吹き飛ばし、竹筒を持たせて学園長室からぽいと二人を追い出す。
追い出された二人、鉢屋三郎と不破雷蔵といえば、面倒臭いお使いに行くことがいやでいやでたまらなく、なによりお使いの間愛しの
に会えないことが不満で、とにかく話を聞いてもらおうと食堂へと走った。
「なあ、ひどいだろう?
に十日も会えないんだ!」
「本当だよ、なにもあんな遠い所にまで行かなくても、温泉ならいくらでもあるじゃないか」
「は、はあ…そりゃまあ、大変そうですけど…」
飲むのに適した温泉はあんまりないから、と二人をなだめる。
学園長いわく、飲めば健康長寿になるという温泉が相模の国にあるらしいので、それをとってこいということなのだが。
「相模の国なんて、遠いじゃないか!遠いも遠い、私の足でも片道五日はかかる!」
わなわなと嘆き、テーブルに突っ伏す三郎。
「行きたくないな…
ちゃんが一緒なら、いい湯治だと思ってのんびり行けるのに」
雷蔵がぽそっと呟いた。何気ない一言だ。
しかし、それを聞いた三郎は、一気にばんっと立ち上がり、
「それだ!!!」
と叫びしゅっと姿を消した。
「さ、三郎?」
「どこ行っちゃったんでしょう…」
二人がぽかんとしていると、またしゅっと音もなく三郎が現れた。
「許可をとったぞ!
、雷蔵、温泉に行こう!」
ええー、と先ほどとは違う声を上げる雷蔵と、ぽかんと口をあけっぱなしにしている
をずるずる引きずって、部屋に叩きこんでさっさと支度をさせた。
「ま、そんなわけで、学園長先生に、『
はずっと懸命に働いています、たまには暇をやって、温泉へ連れて行ってやりたいんです!』ってな」
「ああ、
ちゃんは学園長先生のお気に入りだものな」
「ありがたいことです…でも本当、突然でしたね」
「突然すぎて
ちゃん、お盆持ってきちゃったものね」
「お恥ずかしい限りで…でも、突然すぎたのがいけないと思います」
「遠まわしに私を責めてるのか?」
「いいえー」
だって、と
が呟く。
「こおんな気持ちいい温泉につからせていただいてるんですから」
感謝感謝、です。とため息をついた。
三人は、結局あれから十五日かけて、相模の国の温泉へとやってきた。
学園長に
を連れ出す許可をもらった三郎が意気込んで、雷蔵と
を引っ張りだしたのだ。
あまりにも急いでいたので、
はなぜか旅支度の風呂敷といつものお盆まで持ってきてしまった。
混浴のため、布で体を隠して三人一緒に露天につかりながら、今そのお盆をぷかぷか浮かべて酒など飲んでいる。
「いやあ、いいねえ、このかんじ…」
雷蔵がお猪口をぐいとあおって、ふーとため息を吐く。
「空は青いし、お酒は美味いし、そばには三郎と
ちゃんがいるし…」
「あは、なんだか雷蔵さん、おじいちゃんみたいです」
「いや、でもわかるな。私もこんな幸せは久しぶりだ」
ぐでーっと岩場にもたれかかりながら、三郎も頷く。
「こんな老後が送れたらいいよなあ…」
二人は揃ってため息をついた。
は、老後、という言葉に少し、うつむく。
「(二人は忍者だ)」
お湯をかけ合って遊び始めた二人を、じっと見つめる。
「(…
とは違う世界に住んでる)」
体中にある傷跡。新しい物も、古い物も、どれも
の体にはないものだ。
「(いつか…
とは違う世界で死ぬかもしれない)」
ぶくぶくと口元までお湯につかる。悲しそうな顔を見せたら、二人もきっと悲しむだろうから。
「
!」
すると突然、後ろから三郎が抱きついてきた。
「すべすべー」
露出した肩に頬ずりをする。
「僕も!」
今度は前から雷蔵が抱きついてきて、同じく肩に頬ずりをする。
「うぶぶ…おぼれるっ」
二人にサンドイッチにされて、お湯の中に沈みかける
を、優しい二組の手が引きずり上げる。
「
、変なこと考えたろ?」
「僕らにはなんでもわかっちゃうんだよ」
両方の耳の傍でそっと囁かれて、
は真っ赤になりながら、ごめんなさい、ごめんなさいと笑った。
「(きっと、この二人なら)」
仕返しに、二人にお湯をかけながら思う。
「(どこにいたって、
の所に戻ってきてくれる)」
三人ののびやかな笑い声が響く。
「(いつも、なにがあったって)」
お湯のしぶきに混ざって、涙が一筋頬を伝った。
「(そばにいてくれる)」
温泉の帰りのなだらかな道のりを、その先にあるいつもの風景を、
はもくもくと白く煙る湯気の中にうっすらと見た。
まだ大丈夫。今はまだ。ずっとこの幸せは続いていくと、信じていられる。
湯けむりに想う君