もんじ好き好き
「ギンギーン!!」
「今日もいいお天気ですね」
「そうだねえ。あ、
ちゃんこれ洗っておいてちょうだいね」
「はあい」
「ギンギーン!!!!」
ふんふんふーん、と鼻歌を歌いながら、汚れた食器をちゃっちゃか洗っていく。
「お茶碗、菜箸、小鉢に湯飲み」
自作の適当な歌を口ずさみながら、ふと裏口から外を見ると、六年生の潮江文次郎がそろばん片手に下級生を追いかけまわしていた。
「文次郎さん、今日もお元気そう」
くすくす笑って、洗いものに戻る。
あまり知られていないことだが、この小さくてか弱い
と、学園一ギンギンに忍者している潮江文次郎は、一応、恋人同士だった。
きっかけは、
がずっと片思いを続けていた文次郎が、彼女の一生懸命握ったおにぎりをつぶして鉄粉を振りかけてしまったこと。
きっといっぱい修業を積んで疲れているだろうと思って、丹精こめて握ったのに、目の前でそれをつぶされたものだから、思わず泣いてしまったのだ。
おろおろとあわてた文次郎が、勢いあまったのかなんなのか、「せっ、責任はとる!!」と言ったことで、なんだかんだで付き合うことに…なった…ような…
はその時のことを思い出すと、今の状態が恋人同士でいいのかどうか確証が持てない。
けれど、せっかく片思いしていた相手が、(どんな状態であれ)振り向いてくれたのだから、これを逃す手はないと思い、そこから猛アタックを開始したのだ。
そうしてやっと、冒頭にある「一応、恋人同士」という関係に落ち着いた。
相手もまんざらでもないようだし、
としては幸せいっぱい胸いっぱいだ。
「(でもなあ…)」
食器の泡を洗い落しながら、ぼーっと天井を見上げて思う。
「(恋人と思っているのは
だけで、文次郎さんは違う風に思っているのかも)」
そんなことを考え始めると、ふつふつと幸せな胸のうちに不安がわいてくる。
「相手の心が覗けたら、楽ちんなのになあ…」
はあ、とため息をつき、かちゃんと最後の食器を片づけ終わる。
昼時を過ぎた食堂に人影はなく、夕飯の仕込みも終わっている。
「…やることなくなっちゃった」
いつものお盆を手に、前掛けをかけたまま裏口から外へ出る。
せっかく暇になったのだから、愛しの彼のギンギンに忍者している姿を拝見しようと思ったのだ。
「あれ…いない」
先ほどまで聞こえていた足音や声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「もう学園の外まで行っちゃったのかな…」
少しがっかりする。忙しいのはわかるけれど、最近あまり一緒にいられなかったし、せっかく暇ができたのに、と思う。
「(だめだめ、自分勝手なこと言っちゃ。文次郎さんの方がもっと忙しいんだから)」
ぶんぶん頭を振る。互いに譲り合う精神こそ、長持ちの秘訣なのだ。と、
は思っている。
しょうがない、食堂に戻ってお茶でも飲もう。
そう思って裏口へはいりかけた時、遠くの方からききなれた声が聞こえてきた。
「ギンギーン!!」
「あ、文次郎さん!」
おなじみのセリフをはきながら走り寄って来た文次郎に、ぱあっと
の顔が明るくなる。
「よけっふぎゃ」
よければ一緒にお茶でも、と言いかけたところ、
の目の前で数歩足踏みをした文次郎が、突然彼女を俵のように抱えて走りだしたのだ。
「もっ、文次郎さんっ」
「黙っていろ!舌をかむぞ!」
「そんなあ…」
ものすごい速さで中庭をかけぬけ、塀を飛び越え学園の外へと出ていく。
「(小松田さんが叫んでる…)」
出門表をぶんぶん振りながら「サインしてくださああい!」と叫ぶのが遠くから聞こえる。
ほとんど揺れず、まるで風のように走る文次郎の肩に背負われながら、ここは本来ならお姫様だっこであるべきだ、と妄想する。
「(まあふれ合ってるだけでも幸せなんだけど…きゃっ、
ったら!)」
後ろ向きに担がれているのをいいことに、一応お盆で顔を隠しながらにやにや笑ってしまう。
下腹のあたりに感じる鼓動は、走っているのに少ししか乱れていない。
呼吸も一定のペースを保っていて、さすが訓練をしているだけはあると思う。
背中にそっと頬を寄せると、少しだけ汗のにおいがした。
「ずり落ちるぞ」
言われて、はい、と返事をするも、胸のときめきが止まらずにお盆をぎゅっと抱きしめた。
しばらく走って、ようやくおろされたのは、小高い丘の上に生えた桜の木の下だった。
学園からとお目に見たことがある場所だったが、今まで一度も来たことはなかった。
空は青く爽やかで、薄くはたいたような雲を背景にとんびがぐるぐると回っている。
初夏を迎えた世界は、何もかもが青くみずみずしく、生気に満ちあふれていた。
「…素敵ですね」
思わず口をついて言葉がでた。
「…そうか?」
文次郎がそっぽを向いたまま、呟く。
「はい、とっても。
は夏が好きです。みんなきらきらしていて」
お盆をぎゅっと握りしめて言う。
文次郎は、木の下に行くとその場に腰を下ろし、無言で自分の横を叩いた。
は小走りで駆け寄り、そこに腰を下ろす。ちくちくと生える草が掌に心地良く、思わずほうっとため息をついた。
「…本当は、」
文次郎が、しばし続いた沈黙を破り、遠くに見える学園を見つめながら口を開いた。
「桜の…咲くころに、連れてきたかったんだが」
ぎゅっと引き結んだ口、皺の寄った眉間、それに、日焼けした頬をほんの少し染めて。
「迷っているうちに…その…」
桜が散ってしまって、と続ける。
はそれを聞いて、思わず声をあげて笑ってしまった。
「な、何もそんなに笑うことないだろう!」
いよいよもって顔を真っ赤にした文次郎に、ごめんなさい、と謝りながら、
は自分の頬も染まっていくのを感じていた。
「
ばっかりじゃなかったんですね」
「な、なにが」
「想っているのが。
ばっかりが好きなのじゃ、そんなの恋人ではないと思っていました」
「…せ、責任はとると、言ったからな」
ぷい、とそっぽを向いて、文次郎が言う。耳まで真っ赤に染まっているのに気付いていないのだろうか。
「安心しました。とっても嬉しいです。
、やっぱり文次郎さんが大好きです」
にっこり笑って言う。大きな背中にそっと寄り添って、心臓のあたりに頬を寄せる。
汗のにおい。男の人のにおい。初夏の草花のにおい。それに、心臓の音。
走っているときより、ずっとずっと大きく脈打つその音に、
はくすくすと幸せそうに笑って、一層深く夏のにおいを吸い込んだ。
ぶきっちょ忍者の恋物語