ネタありがとー! 



その日はとてもいい天気で、珍しく仕事も早く終わったものだから、一緒に町に買い物に行こうと恋仲にある不破雷蔵のもとへと喜々として足を運んだのだ、が。
「…いない、んですか」
「おー、一刻くらい前にどっか行ったぜ」
「せっかく一緒に町に行こうと思ったのに…」
「町なら私が一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫です…」
雷蔵の部屋でまったりと本を読んでいた三郎が、起き上がりながら言うが、せっかくの読書の邪魔をしてはいけないと断った。
(買い物なら一人でもできるもん…)
でも、少し悔しい。
自分に時間ができたことを雷蔵は知らなかったわけだけれど、なんとなく負けた気がする。
(でも、いつまでも子供みたいなこと言ってても仕方ないし…)
それで結局、浮かない表情のまま一人町へと繰り出していった。




町はいつも活気がいい。人々が行き交い、きれいな着物や髪飾り、活きのいい魚などが売られている。
いろいろなものに目移りしながら歩いていると、心の中に渦巻いていたもやもやが晴れていくようだ。
「きれいなかんざし…でもにはちょっと大人っぽすぎるかなあ」
こんな時、彼だったら何と言うだろう。
(雷蔵さんは優しいから…似合うよって、笑ってくれるんだろうな)
愛しい人の柔らかい笑顔を思い出し、思わず顔がほころぶ。
「うん、とってもよくお似合いですよ」
(そうそう、そんな風に…って、えー!)
ついに幻聴まで聞こえたかと驚いて振り向くと、はす向かいの小間物屋に雷蔵の姿があった。
隣には、若くて美人な女性、そして腕には幼子を抱えている。
(…え?え?え?なんで…えええ?)
「あら、そうかしら。じゃあこれ、いただくわ」
混乱するを尻目に、二人はまるで初々しい夫婦のように仲睦まじく買い物を済ませ、行ってしまった。
(…浮気?結婚してたの?まさか…でも子供…えっ、隠し子?そんな…いや、でも、…そんなあ…)
いましがた見た光景が信じられず、しかし思い込みの激しいであるから、思考はどんどん悪い方へと向かっていく。
そして一気に臨界点を超え、ぶわっと涙があふれ出してきた。
「お、お譲ちゃん、どうしたんだい!」
店主があわてて寄ってくるが、もはや何も言えず、真っ赤になって涙をこぼしながらぶんぶんと首を振り、人気のない方へとすごいスピードで走るしかなかった。




「うっ、えうっ、ひっぐ…」
走りに走って、川沿いのなだらかな野原にまでたどり着いた。
涙はずっと止まらない。
「ら、らいぞ、さ…えぐ…」
もう何が悲しいのかわからないくらいに悲しかった。
自分じゃだめだったのだ。もともと、あんなに穏やかで心の優しい人は、自分には不釣り合いだったのだ。
でも、好きだった。大好きだった。
奥さんも子供もいても、自分の告白を受け入れてくれたのは、きっと彼が優しすぎたからだ。
さぞ心を痛めたことだろう。迷惑をかけてしまった。
「ごめ、なさ…う…うっく…」
とうとう立っていられなくなり、その場に座り込んで、人気がないのをいいことにわんわんと大声で泣き出してしまう。
いくら普段気丈にふるまっていても、まだほんの11歳の少女なのだ。




太陽がだんだんと沈んでくる。はまだ泣きやまない。
涙でぼやけた視界に、ふと、見覚えのあるふわふわとしたシルエットが写りこんだ。
(ら、らいぞ、さん…)
袖でごしごしと乱暴に目をこすり、よく見ようとするが、涙が次から次へとあふれてきてよく見えない。
ちゃん!」
叫ぶように投げかけられた声で、ようやく雷蔵だとわかった。
「らいぞうさん…っう…」
彼の姿を見て、さらに涙があふれる。ああ、もうだめだ。もう終わりなんだ。
彼と過ごした日々は、短かったけれど、楽しくて幸せにあふれていて、永遠に終わりなどないものだと信じ切っていた。
「お、お子さん…お子さん、いらっしゃ、って…し、知らなくて、お、奥様も」
終わりを告げられる前に、けじめをつけなければいけない。
自分の口から、こんな言葉をいう日がくるとは思わなかった。
の、わがままに…つきあわせてしま、って…すみませんでした…も、もう、おわかれ、」
してください、と続けるはずの言葉は、少しかさついた彼の唇に飲み込まれた。
「ら、らいぞ、さん!?」
びっくりして、涙がひっこむ。そこを、ぎゅうっと、今までにないくらい力強く抱きしめられた。
「ごめんね、ちゃん」
妻子の存在を隠していたことを謝っているのだろうか。
「い、いいんです…のほうこそ、知らなかったとはいえ、不埒な真似を、」
「違うよ、ちゃん。誤解なんだ、ほんとうにごめん」
「ご、誤解?」
「今日、町で僕をみかけたんだね。一緒にいた人と、赤ん坊を見たんだろう。それで、こんなに泣かせてしまったんだね」
苦しそうに、一言ひとこと重たくつぶやく。
は何も言わず、黙って聞いている。この後に別れの言葉がくることを覚悟している。
「ちょっとありえないとは思ったけど、きっとその女の人と赤ん坊を、僕の奥さんと子供だと勘違いしたんだろう?」
「そ、そうです…って、勘違い?」
「うん、勘違いだよ。まるっきり、ちゃんの勘違い」
そんな…と力がぬけ、ふにゃふにゃと雷蔵の肩にもたれかかる。
そこを、脇に手を差し込まれ無理やり立たされ、じっと眼をみつめられた。
「僕は…僕は、ちゃん、きみの子以外はほしくない」
西日に染まった彼の頬は赤く、もみるみる真っ赤になった。
つまり…つまり、今のは、そういう意味でとらえていいのだろうか。
「あの、あのっ、も…っ」
少しかがんだ彼の唇に、言葉にならない思いを乗せて、そっと口づける。
「…も、です」
恥ずかしくてたまらなく、彼の胸に顔をうずめる。
走って探しにきてくれたのだろう、少しだけ汗のにおいがした。
「僕、今日のこと絶対に忘れないからね。ちゃんがいやだって言っても、絶対絶対、忘れてなんてあげないからね」
抱きしめられ、耳元でささやかれる。
幸せな日々は、これからも終わることなく続きそうだった。
悲しみではない涙がこぼれおちる。雷蔵は優しく笑い、指先でそっとそれをぬぐった。




泣かないで愛しい人





「そういえば、結局あの女性とお子さんとはどういったご関係で?」
「ああ、きり丸のバイトの手伝いで、子守と荷物持ちと洗濯と犬の散歩と…いろいろしてたんだ。その中のひとつ」
「…おつかれさまです」