とりあえず出会い 





深夜、終電2本手前の各駅停車には、自分以外の人影はなかった。
窓の外の景色は薄暗く、時折眩しく街灯がきらめき、通り過ぎていく。
家々の灯りも溶けるように夜の闇に消え、は荷物を抱え直し、ゆっくり目を閉じた。
(あと5駅…)
少しだけ眠ろう。今日は疲れた。




ふと、人々のざわめきで目が覚めた。
(ン…どっかから乗ってきたのかな)
薄く眼を開ける。すると、そこには予想を上回る光景が広がっていた。
「…朝?」
確かに夜中の電車に乗っていたはずなのに、目を開けたらそこは眩しい太陽の煌く朝の満員電車になっていた。
「お…お?おお?」
急に意識がはっきりとして、次に心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。
乗っていた電車は例のぐるぐる回り続けるやつじゃないし、朝まで乗り続けるなんて不可能だ。どこかでかならず起こされる。
「ゆ、ゆめ?」
立ち上がろうとして、電車が停止した。揺れで膝ががくりと折れ、隣の席に倒れこんでしまう。
「う、わ、」
「んあ、嬢ちゃん大丈夫か?」
倒れこんだ席に座っていた小柄な男性が、さっと受け止めてくれた。
小さい割に力がある。自分は背も高いし、体重だって軽くはないはずだ。
「へぁ、ほ、は、」
パニックでうまく喋れない。変な声ばかり出てしまう。
「はは、変な嬢ちゃんやな。気ィつけとかんと怪我するで。ほなな」
男性は笑って、電車を降りようとする。
今、こうして話すきっかけができたのだ、自分はいったいいつごろからこの電車に乗っていたのか、など彼に聞けるかもしれない。
何にも知らない、話したこともない人にいきなりそんなこと聞くより、少しでも話したことのある人に聞く方がこちらもやりやすい。
要は人見知りなだけだが…しかも男性は少し苦手なのだが、ここはわがままを言ってはいられない。
「あ、あのっ」
「ん?なんや、俺これから仕事やから、急いどるんやけど」
「しご…朝ですよねいま、」
「朝やな。ほな、俺ここで降りるから」
「ちょま、ちょままま、」
すいーっと電車を降りてしまう彼に、もうこのままのっててもしかたない、と追いかけて電車を降りる。
小走りで後を追いかけ、改札付近でようやくまた声をかけることができた。小さいくせに歩くのも早い。
「ちょ、まって、くださ、」
言いかけて、図上にかかげられたアナウンスの文字に固まった。
『東京メトロ・霞ヶ関駅』
「な…」
思わず立ち止まり、それを凝視する。
自分が乗っていたのは、もっと田舎のローカル路線だったはずだ。
(東京メトロ…めとろ?とうきょう?)
後ろからどんどん、人が流れてくる。
肩がぶつかっても、誰も何も言わない。自分も何も言えない。
ほんの少しのうたたねのはずが、こんなことになるなんて。
「嬢ちゃん、ぼけっとしてどないしたん。さっきからなんか変やで」
突然ぼーっと立ち止まったに、先ほどの小柄な男性もおかしく思ったらしく、戻ってきて声をかけてくれる。
「わた、わたし…田舎の…ローカル路線で…夜、バイトのあと、うたたね、して、」
「ほなほんまもんの高校生やんな。でかいから大学生かと思ったわ。そないな制服、ここいらじゃ見ィひんけど、嬢ちゃんどこの人?」
「か、かながわ」
「夜通し電車乗って羽田まで来たん?おかしなことするなあ」
「いやいや!しないです!してないですそんなこと!」
あわててぶんぶん首を振る。なにもこんなところ、来たくて来たわけじゃない。
「なんや、自分ちょっと…頭…」
「そっ、ち、ちがっ、」
変な誤解をされている。
「…しゃあないな、ほなおっちゃんが警察連れてったるから、大人しゅうしとき」
た、たすかった。のか。警察のお世話になったことなどないが、まあとりあえず家に帰れると思っていいんだろうか。
「…ありがとう、ございます…えと、」
「嶋本。嶋本進次や」
「あ、えと、嶋本、さん。私、、です」
ちゃんな。ほな、ちょお仕事場に電話してから警察いこな」
「は、はい…」
携帯をぷちぷちいじって、電話をかける嶋本さんの後に続いて、改札を出ようと某すいすいカードをタッチする。
すると、大きな音でピンポーンと音がして、改札が閉まった。
「えっ、まだ5000円残ってるはずなのにっ」
かなり恥ずかしい。顔を真っ赤にしながら、先に出た嶋本さんにぺこぺこしつつ駅員さんのところへダッシュする。
「あの、えと、…えと…」
どこから乗ってくればここにつくのか。とりあえず、最後にタッチした駅の名前を告げてみる。
「960円だね。このカード、ちょっと調子が悪いみたいで使えませんけど、現金ありますか?」
(最悪だ…5000円もいれたのに、使えなくなるなんて…)
泣く泣く財布から1000円札をだし、おつりをもらって改札を出る。
残金500円。帰るには、銀行から金を下ろすしかない。
がっかりと肩を落としながら嶋本さんのもとへ行くと、もう電話は終わっていたらしく、「ほな行くで」と歩き出した。
(ああ、早く帰りたい…)
とぼとぼとそのあとをついて歩く。
この時まで、 は、お金をおろして電車にのればすぐに家に帰れると思っていた。
それが間違いだと気付くまでには、もう少しかかる。